去りゆく鉄路

レイアウト準備が遅れているので、今回はちょっと大昔の鉄道話で、いいすか?んじゃ…えーと…随分昔…なんだけど…なんか…感じたんだよね…?


 その頃、マスコミ各社は例の事件でまるでハイエナのように餌にむらがり、
片や改革を叫ぶ。そんな殺伐とした…いやーな空気の時代だった…
私が唯一つ気になったのが外の話…

オリエンタル夜行列車

 歴史あるオリエンタル夜行列車の廃止の話だった…
別にそれほどの鉄道ファンでもないのだが、気になった…?
それは多分…予感…?

無意識のままに…今、模型を創作するきっかけなんだよね。

少しでも鉄道に対する憧れと、希望が崩れて行くような気が
したからかな…?

 我が国の高度成長を支えた鉄道には多くの人々が働き、また毎日、
当たり前のように多くの人々が乗降を繰り返しています…。
それが、身近に感じ、老若男女関係無く、好きとおっしゃる方が
多い理由のようにおもえます。

しかし、その裏で、便利さと引き換えに、失うものへの郷愁も多く残りました…無論、僕も発展はいいことだと思う…拒否するわけじゃないが…やはり…我が国でも、同じで、個人的に、印象に残る一つが、平成9年10月1日…起こった事件です。

それは長野新幹線の開通に伴い信越本線横川~軽井沢間、開業当初のアプト式から、粘着式に引き継ぎ守り続けた…多くの汗と努力の区間…そのものが、全てあっと言う間に…姿を消した事でした…

ここは観光保存鉄道で、残してとして、ほしかった。鉄道公園じゃ撤去費がもったないよね。


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 通称、横軽ー碓氷峠線、ここは交通の難所と言われる?横川駅と、次の停車駅、軽井沢間のわずか11.2kmの短い区間、この路線の難所と言われる最大の理由は…横川駅、海抜387mに対し、軽井沢駅は海抜939m…実に高低差は何と552mもある。
これを開業当初はラックギア(*)を使った、連続引っ掛け方式とでもいおうか…ギアを噛まして急勾配を昇降する?いわゆるアプト式でやった。

その後、大量輸送の波に、プッシュ(粘着)式という方法が引き継がれた。
横川から軽井沢へ向かう電車(あずさなど)には、機関車2両を用意して、それを繋げて峠を 押し上げてやり、軽井沢から横川へ下る電車は、機関車の重量と、ブレーキを借りる形で、急勾配を降りるといった、往復の作業が両駅とも毎日繰り返されていたと云う.


 僕が実際にこの区間に乗ったのは軽井沢駅前で行われた、JR東日本とJAの駅前&地元産業活性イベントのプロデュースの仕事です。
広告代理店サイドの責任者として、数回程度。あずさに乗り込み…横川の釜飯を食った後の眠りに誘われ、印象も薄いロケハン途中の景色だった…



 ハードな鉄ちゃんでない僕でも、その事件を切っ掛けに、興味を持ち、インターネットを通じて多くの郷愁の想いを知り、
それも報じなくなった。流行なメディアの声に…一時でもそんなところに身を置いた自分への怒りであろうか。何か…?言葉に表せない…悲しみのようなものが?鉄道そのものへの…悲しみというより?便利さと引き換えに?古きよき物への軽視した心が、今後の我が国の行く末にどう影響するのか?不安と同時に…わけも無く悲しかったことを今でも憶えています。

 

去りゆく鉄路よ?永久に栄光あれ。


オリエンタル夜行列車
400系
ED42
EF63
あずさ
イベントイメージ

データ

※アプト式鉄道用語、軌道側のギアと車両側のギアを上手くかみ合わせて急勾配を登り
降りする方法、、山岳鉄道に多い…。粘着式もある意味アプト式の一つで、
現在も唯一井川鉄道が採用している…。
※一部日本の鉄道史及びウィキペディア参照細は:大井川鉄道で参照ください
※写真は昔のブログの時知り合った王子の棲家さん他の提供です。

著者:電子の爺

電子の爺

おはこんばんこんちは・・ なんやかんやで・・皆さんおもしろそうで・・今回もメインは 造形部門として、参加させてもおた・・ 画面の向こうの・・皆も・・遊び来て・・なんか・・tしょうもない事・・言っとるから・・良かったら一緒に・・ で・・今日はこんな感じ気分ですから・・変な爺です・・宜しくね・・。

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